揖斐で生まれ、池田が育てた日本画家の作品と生涯。
 
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    【2012.11.15 Thursday 】 author : スポンサードリンク
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    「波日出の図」(1908)
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      波を桜州、日を大橋翠石が描いた合作である。
      桜州22才、翠石43才の出会いであった。
      【2011.08.25 Thursday 19:00】 author : tsuchikawa
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        【2012.11.15 Thursday 19:00】 author : スポンサードリンク
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        この記事に関するコメント
        はじめまして私は大橋翠石を研究している水野といいます。初めて大橋翠石と桜州の合作を拝見しましたが、翠石の款記が点石の翠石生というと翠石自身1900年以降は使っていないと考えられます。ここで書かれている1908年というと翠石の款記は点石時代となり生の文字は付きません。
        また大正時代にも生を用いる時代があり、本図はその時代の款記に似ているようにもみえます。また本図の翠石の丸白印翠石印は翠石も小品に用いている印影です。1センチほどの小さい印影です。そう考えると本図の翠石生の款記の大きさはかなり小さい物となります。
        本図の実物を見ていないのではっきりと断定できませんが、桜州の作成年代の違いがあるかまた印影が大きいとなると翠石の作品ではないということになります。
        | mizuno,m | 2011/09/18 1:33 PM |
        ご教示有り難うございます。
        1900年の時点では桜州は14歳の少年ですから、これ以前に描いたとは考えにくいと思います。
        もっとも16歳の作品はありますがこれは手本を写したものといわれます。
        また14歳の少年が翠石と合作したとも考えにくいと思います。
        またこの桜州の書体は、大正以降では使われていません。
        連絡頂ければ、実物を見て頂くことも出来ますし11/27までは揖斐川歴史民俗資料館に展示てあります。
        是非ご意見をいただきたく存じます。
        | 土川 | 2011/11/11 3:14 PM |
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